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素のままで。

大学卒業を目前にして、不安症になり、生きる意味がわからなくなった正くんの”いま、ここ”に集中する物語。

自分が自分であるということ=究極の素直さ

 

今日は主に2つの出来事がありました。

 

 

1. 体調が優れない友人へちょびっとヘルシーな差し入れ

 

今日は、心的に体調が悪い友人のために

差し入れとして、

 

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をプレゼントしてきました。

 

彼がFacebookでね

ご飯のために、料理を作る気力もないし、スーパーに言っても買いたいもの(食べたいもの)がない。

って言ってたんです。

(最近健康に気を遣うようになったようで。)

 

 

だから、

ご飯にはならないけど、健康に気を遣ってる彼でも

お腹の足しにはなるかなって思って

 

気付いたら今日のお昼、この友人のことを考えて体が勝手に動いて

お菓子作ってました。(笑) 

 

 

 

2. 過去にとらわれ、”今”を生きれなかった

 

本当は、友人にお菓子を渡したらすぐ帰るつもりでした。

だけど、随分会ってないほかの友人も彼の家に来ていたので、挨拶がてら

話しに行きました。

 

時間が経つにつれ、深い話へとシフトする。

 

そこにいる友人たちとは随分と前からの間柄で、お互いになにか気付きを得ては

対話し合う、そんな間柄で。

 

そんな自分も深い話をしなきゃいけない

思ったこと・感じたことを話さなきゃいけない

ような空気感に辛くなり、息苦しさが舞い戻ってきた

 

ここで、素直にこの空間から脱していれば、

自分が辛くなることはなかったなぁ。と

 

 

つまり、

過去の記憶(間柄?そうしなきゃいけないような空気感?)に縛られて

今を精一杯生きていなかった

 

 

「今を精一杯に生きる」とは、

自分が自分でありながらも、

他人に貢献して生きていくこと

(です。僕の中では。)

 

 

だから、自分が自分であるために、

まずは自分が安心して居られることが重要なのです。

 

 

いまとなっては、

あのとき、素直に空間から脱することができなかった自分に対して

悔しいと同時に怒りの感情が降りてきました

 

 

 

究極の素直さ」が、自分が安心することの糧になり、

それがまた、「自分が自分である」ことができる。

すると、「今を精一杯生きる」ことができる。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

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